2014年8月21日木曜日

発行者の民事責任

不実のディスクロージャーについて関係者に民事責任を負わせるのは、①それによって投資家が被った損害の回復を図るという意味と、②関係者に注意を払わせて不実記載を抑止する意味とがあります。刑事責任は原則として故意がなければ科せられないため、関係者は不実記載を知らなければ責任を負わないのに対し、民事責任は過失があれば課せられるため、関係者は不実記載がなされないよう注意を払わなければなりません。したがって、理論的には、民事責任のほうが不実記載の抑止効果は高いといえます。

有価証券報告書等の継続開示書類に虚偽または誤解を生じさせる記載(不実記載)があった場合、従来、発行者に特別の民事責任を課す条文はありませんでした。平成16年の改正では、投資家による民事責任の追及を通じて市場監視機能を強化するという目的で、発行者に特別の民事責任を負わせる条文(21条の2)が新設されました。この規定によると、発行者は、有価証券報告書・半期報告書・四半期報告書・内部統制報告書に不実記載があった場合、有価証券を取得した者に対し不実記載により生じた損害を賠償する責任を負います。

この規定は、①発行者が無過失であったことを立証しても責任を免れることができない点(無過失責任)、および②一定の投資家について、不実記載が発覚した時点の前後の株価を基準として算定される額が損害額と推定される点で、責任を追及する投資家側に有利になっています。ただし、発行者の無過失責任を追及できるのは、投資家が証券取得のために支払った額から、請求時の証券の市場価額(市場価額がないときは処分推定価額)または証券の処分価額(請求時にすでに証券を処分していた場合)を差し引いた額が限度となります。損害の推定規定を利用できるのは、不実記載の事実が公表された日(公表日)前1年以内に当該証券を取得し、公表日において引き続き当該証券を所有する者に限られ、推定損害額とは、公表日前1ヵ月間の市場価額(市場価額がないときは処分推定価額)の平均額から公表日後1ヵ月間の市場価額(市場価額がないときは処分推定価額)の平均額を差し引いた額とされています。

この額はあくまでも損害の推定額ですのでヽ市場価額の下落が不実記載以外の事情により生じたことを発行者が立証したときは損害賠償額が減額され、推定額以上の損害を被ったことを投資家が立証したときは立証した損害額につき賠償が与えられることになります。たとえば、投資家が1株1000円で1000株購入した銘柄について、粉飾決算の発覚によって株価が1月平均で800円から300円に下落し、請求時には1株400円であった場合、発行者が50万円中20万円は不実記載以外の事情により生じたことを立証したときは、賠償額は30万円となります。

ただし、現実の損失70万円と請求限度額である60万円との差額については、発行者に故意または過失があったことを証明して、一般不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求をすることができると考えられます。損害推定規定がうまく機能するためには、「公表日」が適切に定められなければなりません。法律上、公表日とは、不実記載に係る事実(真実の情報)について、発行者または発行者に対し法令に基づく権限を有する者によって多数の者の知りうる状態に置く措置がとられたことをいうとされています(21条の2第3項)。