軍部・政治エリートを背後にもつ権威主義的な経済官僚テクノクラート主導の開発戦略を、民主主義や人権を軽んじた「開発独裁」といったマイナスーイメージの濃厚な用語法でくるみ上げるのは正当ではない。アジア諸国がおかれた歴史的条件下で、なお急速な工業化を図らねばならなかった以上、他にいかなる選択肢がありえたというのであろうか。
リー・クアンユーは、日本における最近のスピーチにおいて、「民主主義と人権は、たしかに価値ある理想であるが、真の目標は『よい政府』にあることを明白にしておかなければならない。……すなわち、清廉で公正な政府、能率的な政府、人民の面倒をよくみる政府であるかどうか。国民が生産的な生活を送れるように、よく教育され、訓練された秩序と安定性のある社会であるのかどうか。それが基準たるべきなのです」(『諸君』一九九三年九月号)と語った。
東アジアの文脈において、今日の経済発展のありようを眺めるならば、この発言は実にまっとうな常識を素直にいいあらわしたものだ、というべきであろう。東アジアの経済発展を論じるに際して、おそらく最大のテーマは、あの巨大な社会主義中国が新たに「市場経済化」への道を選択し、それが奏功して超高成長の過程に入っているという事実であろう。
中国の市場経済化は、農業の改革にはじまり、その成功が郷鎮企業を群生させた。郷鎮企業は、農村経済を大きく活性化させるとともに、中国工業化における一大勢力となった。これに個人・私営企業、さらには外資系企業が加わって、国営部門は、しだいに中国経済に占めるそのプレゼンスを縮小しつつある。
長らく中国の社会主義計画経済の中枢に位置してきた国営企業の力が弱まり、計画経済の枠外に生まれた多様な経済主体が中国の市場経済化をうながし、中国経済の成長を牽引する主勢力となってきたのである(中国の国営企業は一九九三年三月の憲法改正により国有企業と呼ばれるようになった。「所有と経営の分離」への意向がここに反映されている。
2014年4月17日木曜日
学生相談でどこまでできるか
甲南大学の助教授で、学生相談室のカウンセラーをされている高石恭子さんは、最近の学生相談そのもののあり方に疑問を呈しておられます。
「十一年前、私がある大学で学生相談にはじめてたずさわった当時、上司の先生からまず言われたのは、『学生相談は卒業をもって終わるもの。そのことを肝に銘じておくように』ということでした。河合先生の研究室で個人心理療法を学び、先輩たちの姿勢からも『出会ったクライエントとは一生寄り添うぐらいの覚悟で臨む』ことを当然のように受けとめてきた私には、上司の言葉はとても冷たく映ったものです。
たしかに、戦後アメリカから導入され、厚生補導の一環として発展してきたわが国の学生相談は、ユングやフロイト流の心理療法と違い、いまもアメリカの影響を強く受けているように思います。
活動の中心は、修学や進路のガイダンス、自己主張や対人関係のスキルの訓練など『短期的教育指導』で、長期的な心のケアが必要な学生は、どんどん外部の治療機関ヘリファー(紹介)していくという考え方です。
ただ、これは巷にセラピーを受けられる機関や個人クリニックがごまんとあるアメリカ都市部だから可能な話であって、日本人はそんなにドライに専門家が分業できる状況にはありません。最近問題になっている、神経症でも精神病でもない『人格障害』の学生を適切に引き受けてくれるリファー先は、さらに見つけることが困難です。
実際、現在の職場で年数を重ねてみて(これは私の会い方の要因も大きいかもしれませんが)、卒業と同時に学生相談室も卒業できる学生ばかりではないことと、その人たちへの継続的ケアの問題に直面しています。
学籍のない人へのボランティア的な対応には限界があります。また、就職超氷河期の現在、卒業後も研究生や科目等履修生といった身分で大学に残りつづけたり、就職してもやめて戻ってくる人がいます。今後は社会人編入などで、大学と社会を数年で還流する成人学生も徐々に増えてくるでしょう。
「十一年前、私がある大学で学生相談にはじめてたずさわった当時、上司の先生からまず言われたのは、『学生相談は卒業をもって終わるもの。そのことを肝に銘じておくように』ということでした。河合先生の研究室で個人心理療法を学び、先輩たちの姿勢からも『出会ったクライエントとは一生寄り添うぐらいの覚悟で臨む』ことを当然のように受けとめてきた私には、上司の言葉はとても冷たく映ったものです。
たしかに、戦後アメリカから導入され、厚生補導の一環として発展してきたわが国の学生相談は、ユングやフロイト流の心理療法と違い、いまもアメリカの影響を強く受けているように思います。
活動の中心は、修学や進路のガイダンス、自己主張や対人関係のスキルの訓練など『短期的教育指導』で、長期的な心のケアが必要な学生は、どんどん外部の治療機関ヘリファー(紹介)していくという考え方です。
ただ、これは巷にセラピーを受けられる機関や個人クリニックがごまんとあるアメリカ都市部だから可能な話であって、日本人はそんなにドライに専門家が分業できる状況にはありません。最近問題になっている、神経症でも精神病でもない『人格障害』の学生を適切に引き受けてくれるリファー先は、さらに見つけることが困難です。
実際、現在の職場で年数を重ねてみて(これは私の会い方の要因も大きいかもしれませんが)、卒業と同時に学生相談室も卒業できる学生ばかりではないことと、その人たちへの継続的ケアの問題に直面しています。
学籍のない人へのボランティア的な対応には限界があります。また、就職超氷河期の現在、卒業後も研究生や科目等履修生といった身分で大学に残りつづけたり、就職してもやめて戻ってくる人がいます。今後は社会人編入などで、大学と社会を数年で還流する成人学生も徐々に増えてくるでしょう。
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