工業の成長は、とりもなおさず都市の成長を意味し、それは、同時に、農村人口の減少を意味した。そしてその劇的な変化は前頁の表にあきらかなとおりである。十八世紀のおわりには、人口のほとんど九五パーセントは農村人口であったのが、十九世紀のなかばすぎから激減して、ついに、こんにちでは三〇パーセントにまで低下してしまった。おどろくべきスピードでアメリカの都市文明、あるいは工業文明は厦回をつづける。
シュナイダーは、ロスーアンゼルスを例にひいて、つぎのようにその歴史を記述している。「スペインの布教者が一七八一年に当時のメキシコ領カリフォルニアに一つの村をつくり、これを天使たるわれらが女王(Nuestra senora la Reina de los Angeles)と名づけた。一八四八年には、このロスーアンヘレス村は北米合衆国の小都市になった。しかし一八八〇年の人口は、ようやく一万人程度であった。ロスアンゼルス市は、今日では人口約七〇〇万を擁し市民は三〇〇万台に近い乗用車をもっている」
こんなふうに急速に成長した都市の住人は、ジェファスン的な独立自営農民と、だいぶちがうプロフィールの持ち主であった。まず第一に、都市のアメリカ人は、あたらしい経済のにない手であった。営々と勤勉にはたらく農民の精神を、たとえばヘンリー・フォードのような人物はうけついでいた、ともいえるが、都市の商工業は、もっぱら機を見るに敏、という原則でうごいていた。うまくチャンスをつかむことが、勤勉よりも重要な徳目であったりもした。
アメリカ英語でスマートというのは、才智にたけて、上手にものごとを処理する能力のことだ。そういう、スマートな人間の活力が、アメリカの都市の人間像として登場してきた。一般的にいって、都市のアメリカ人は教百程度も高く、考え方もリベラルであった。精力的に、能率的に、スマートな人間たちがチャンスをもとめてうごきまわり、しばしば一獲千金の幸運にありついた。たとえ、そういう大野心をもたなかったとしても、手を汚さずに、もっぱら書類をつくったり、会計帳簿をあわせたり、という頭脳労働で、きれいな生活をする人間たちがふえた。いうまでもなくホワイトーカラーの誕生である。
都市生活は、はなやかである。日抜き通りには商店がならび、歓楽施設があり、ひとびとは、快適で、そしてしばしばぜいたくな生活を約束されている。ニューヨークのマンハッタン、シカゴの金融街-いたるところに、小ざっぱりとした都会人が誕生する。ごくふつうのアメリカ映画をみただけで、そういう種類の人間像がどのようなものであるか見当がつく。身軽で、要領がよくて、態度や趣味が洗練されていて、そして、頭のいい人間たち。
2015年4月16日木曜日
2015年3月17日火曜日
金融危機の波及効果で失業率はどこまで上がるか
第二の特徴は高失業率社会である。バブル経済崩壊後、失業率は5%を超えたが、2009年以降はそれ以上の失業率になる可能性が高い。金融危機の傷口具合によるが、失業率は5%を超えて7~8%前後までいく可能性も否定できない。その理由は大きく二つある。一つは産業構造の転換が進んでいないことである。日本はサービス業中心に徐々に産業構造を転換してきたが、依然として製造業が雇用を含めて成長のエンジンになっている。
しかし、その製造業はトヨタを見てもわかるように、先の見えない混沌とした状況にある。米国への輸出で収益を上げてきた会社が多いため、その復活は米国経済の傷口の深さ次第である。米国経済が泥沼化すると、日本の製造業はいつまでも復活できないことになりかねない。もう一つは、非正社員の失業者が急増するということだ。2008年後半から派遣切りが目立つが、その動きは2009年に入っても衰えることはないだろう。先程述べたように、2008年12月の完全失業率(季節調整値)は4・4%で前月比O・5ポイント悪化したが、問題は「今までに例のない急速な悪化」ということだ。
2002年以降の実感のないタラタラとした景気拡大によって企業業績は潤い、失業率は改善したが、失業率改善の要因は派遣労働者などの非正社員が増えたことだった。正社員が増えて失業率が改善したわけではない。そのため、派遣切りが起きれば失業率が再び悪化するのは当然である。もちろん、今後景気が回復すれば非正社員も再び増えるだろうが、派遣労働の規制は強化されるだろうし、「派遣切り」と批判されたこともあって、大企業は非正社員を雇うことにためらいを感じる可能性も高い。
現実的な言い方をすると、「派遣労働者はいつでも解雇できる」という制度になっているからこそ、大企業は派遣社員制度を利用してきた。それを批判されるとなると、企業としては「それじゃ、もう派遣は使わない。海外に工場を移転する方がマシだ」ということになるからだ。1980年くらいから「内需転換」「産業構造の転換」の必要性は指摘され、90年代後半以降は非正社員の増加に対応した「抜本的な雇用政策」と言われてきたが、結局は明確に政策転換しないまま、そういったものを誤魔化してきた。そのツケを支払わされるのが2009年以降であり、その結果、慢性的な高失業率社会になる可能性があるのだ。
第三の特徴は、失業率が上昇するにもかかわらず、人手不足が激しくなるということである。バブル経済崩壊後の長期不況のイメージや今回の金融危機の影響もあって、失業率は高止まりで人手が余っているような印象がある。しかし、実のところ人手は慢性的に不足している。当たり前のことだ。少子高齢化で人口が減少している以上、人手不足は当然の帰結である。しかも、「日本は人手不足になる」ということは平成以降ずっと指摘されてきたことだ。政府や厚生労働省は公に「人手不足だ」と言い続けている。
しかし、その製造業はトヨタを見てもわかるように、先の見えない混沌とした状況にある。米国への輸出で収益を上げてきた会社が多いため、その復活は米国経済の傷口の深さ次第である。米国経済が泥沼化すると、日本の製造業はいつまでも復活できないことになりかねない。もう一つは、非正社員の失業者が急増するということだ。2008年後半から派遣切りが目立つが、その動きは2009年に入っても衰えることはないだろう。先程述べたように、2008年12月の完全失業率(季節調整値)は4・4%で前月比O・5ポイント悪化したが、問題は「今までに例のない急速な悪化」ということだ。
2002年以降の実感のないタラタラとした景気拡大によって企業業績は潤い、失業率は改善したが、失業率改善の要因は派遣労働者などの非正社員が増えたことだった。正社員が増えて失業率が改善したわけではない。そのため、派遣切りが起きれば失業率が再び悪化するのは当然である。もちろん、今後景気が回復すれば非正社員も再び増えるだろうが、派遣労働の規制は強化されるだろうし、「派遣切り」と批判されたこともあって、大企業は非正社員を雇うことにためらいを感じる可能性も高い。
現実的な言い方をすると、「派遣労働者はいつでも解雇できる」という制度になっているからこそ、大企業は派遣社員制度を利用してきた。それを批判されるとなると、企業としては「それじゃ、もう派遣は使わない。海外に工場を移転する方がマシだ」ということになるからだ。1980年くらいから「内需転換」「産業構造の転換」の必要性は指摘され、90年代後半以降は非正社員の増加に対応した「抜本的な雇用政策」と言われてきたが、結局は明確に政策転換しないまま、そういったものを誤魔化してきた。そのツケを支払わされるのが2009年以降であり、その結果、慢性的な高失業率社会になる可能性があるのだ。
第三の特徴は、失業率が上昇するにもかかわらず、人手不足が激しくなるということである。バブル経済崩壊後の長期不況のイメージや今回の金融危機の影響もあって、失業率は高止まりで人手が余っているような印象がある。しかし、実のところ人手は慢性的に不足している。当たり前のことだ。少子高齢化で人口が減少している以上、人手不足は当然の帰結である。しかも、「日本は人手不足になる」ということは平成以降ずっと指摘されてきたことだ。政府や厚生労働省は公に「人手不足だ」と言い続けている。
登録:
投稿 (Atom)