2014年7月25日金曜日

ドル離れを始めるヨーロッパ

さらに重要なことは、国際協調体制を維持する誘因が不十分なことである。確かに国際通貨市場は変動相場制度に移ったけれども、現実にドルに対してペッダしている国の数は非常に多い。ドルにペッダしている国は、まだ固定相場制なのである。すなわち、ドルは円とマルクを中心とするヨーロッパ通貨に対しては変動相場制になったが、他のほとんどの国の通貨はドルを基軸通貨とし、ベッグしようとしている。

ともかく、途上国や旧東ヨーロッパの国々はほとんどがドルに対して、常に切下げを強いられる状況にある。このことは世界の大多数の国に対してドルはいまだ強いことを意味しており、実物面ではアメリカにとってヨーロッパ通貨、円に対するドルの下落は深刻なものではないことを意味している。もっとも、連邦財政を維持するための国債発行の資金を賄うためには、これらの通貨に対する安定は不可欠であり、ドル価値の維持に強い関心を持つのは当然である。しかし、これが財政金融政策の基本を左右することにはならない。経常収支赤字だから、ドルが下がるからといってアメリカ国民、が増税を認めてくれるわけではない。

一方、EUも同様に、EU内の相対的な為替レートの安定がもっとも重要な問題であり、国際的な安定はそれほど重要でなト方向にある。先に述べたように、ヨーロッパのめざしている新しい通貨制度はヨーロッパ単一通貨である。この結果、ヨーロッパがドルに対して強い関心を持だなくなると、円ドル・マルクという国際通貨の安定に対して関心を持つのは日本だけでしかなくなる。

巨額の経常収支赤字を続けるアメリカが現在の経済政策の基本を変えなければ為替市場の混乱は収まらず、日本にとって急速な円高が起こる可能性は強くなる。また、一方では、日本も経常収支黒字に関する構造的な問題を解決しない限り、自己矛盾を続けることになる。プレトンウッズ体制の崩壊後、大きな混乱を作っていたのはともかくドルであった。しかしながら、ドルの不安定の問題と他の通貨との不安定の問題は必ずしも同じではない。

とくにヨーロッパ各国にとって貿易・資本取引関係は、EU地域内のもののウェイトが大きい。そこで、世界的な為替レートの変動はや打をえないとしても、経済の結びっきの強い通貨間での混乱を除去するために、特定の地域内での固定相場制への移行が求められた。ヨーロッパ通貨間の為替レートの固定化を狙ったEMS(ヨーロッパ通貨制度)が一九七九年に創設される。ECは域内の貿易、資本の移動に関する障壁の除去の努力を行ってきたが、通貨が変動すれば当然、貿易、資本移動の障害になる。

2014年7月11日金曜日

国際的なクラウディングーアウト

ここからアメリカは日本に対する要求として内需拡大を主張する。すなわち、政府の財政赤字を拡大して民間の貯蓄を吸収すべきだ、とする。これは、公共投資を拡大して総投資をふやせ、ということである。日米構造協議の結果、一〇年間に四三〇兆円の公共事業を行うこととしたのもこの考え方によっていた。

ただ、この貯蓄投資。バランス論だけで経常収支問題を議論するのはやや粗雑すぎる。すなわち、このバランスは結果としての均衡式にすぎないのであり、このバランス式と国際的な資本移動を同時に考えねばならない。国内の投資の過小あるいは貯蓄の過大は国際的な資本取引の結果でありうる。すなわち、貯蓄投資。バランスは因果関係を示すものではなく、結果の関係であることに留意する必要がある。実際、図のように、アメリカの財政赤字と経常収支赤字の間、また、日本の財政赤字と経常収支黒字の間に強い相関があるようには見えない。

むしろ因果関係としては、通常考えられているのと逆のものであるかもしれない。もし、国際的な資本取引が完全に自由であるとすると、貯蓄投資バランスは資本取引の結果生まれている可能性もある。たとえば一九八〇年代以降の日本の貯蓄投資。バランスについて、次のような見方もできる。アメリカで財政赤字が拡大すると金利が上昇し、これによって日本からアメリカへ資金が流れ、このために日本国内でも金利が上昇して投資が減退し結果として投資が過小になることも起こる。

このような、国際的なクラウディングーアウト(追出し効果)もありうる。日本の投資不足が対外不均衡の原因であるというより、アメリカの国内の貯蓄過小が対外不均衡を生み、これと整合的になるために日本で投資が過小になっているという見方もできる。いずれにせよ、アメリカ国内で国内総投資が国内総貯蓄を大幅に超えたことが、わが国などからの資本流入を招き、これが経常収支赤字となったのである。今日のアメリカの膨大な経常収支赤字、日本の経常収支黒字の原因はまさにレーガンの政策そのものにあった。

このような議論は「小宮理論」として知られる(小宮隆太郎著『貿易黒字・赤字の経済学』東洋経済新報社、一九九四年を参照)。これは元東京大学教授で青山学院大学教授の小宮隆太郎氏が経常収支黒字は貯蓄と投資の差額なので、これを減らせとか増やせというような政策の問題ではないことを主張したものである。しかし、これは小宮理論というようなおおげさなものではなく、経済学者のごく常識にすぎない。