2013年7月9日火曜日

欧州安定基金の創設

年金・賃金を凍結し、賞与を廃止する。日本の消費税に当たる付加価値税を二一%から二三%に引き上げる。奢侈税・たばこ税・酒税を引き上げる。一気に打ち出された緊縮策が、それまで生ぬるい湯に浸かっていた労組の憤激を買い、ゼネストを誘発した。その際の混乱は冒頭に記した通りである。それでも緊縮策を通さなければ、一〇年五月十九日に迫っていた国債の借り換えはままならず、国家破産してしまう。そんな危機意識に背中を押されて、ギリシヤ議会は五月六日に財政再建策を承認した。だが、これはギリシヤが国として会社更生の適用を申請したようなもので、投資家、当局、納税者そして誰よりもギリシヤ国民にとって、悲劇の幕は開いたぽかりなのだ「0ut of order」となった経済の道のりは続く。

今やユーロという人造通貨は累卵の危うきに陥った。二〇一〇年五月に入り対ドルで心理的なカベだった一ユーロ=一二ニドルを割り、円に対しても一ユーロ=一一〇円近辺までつるべ落としとなった。五月七日のユーロ圏首脳会議はユーロ防衛のための基金の創設で合意した。ファロンパイEU大統領は、「EUとECBが最大限の手段を活用する」との声明を発表した。「最大限」とは威勢がよいが、基金の規模は当初は七百億ユーロ程度が想定されていた。ギリシャ一国だけで千百億ユーロはかかろうというのに、これでは見せ金もいいところ。それもこれも、ユーロの最大加盟国であるドイツが危機対策のための財政負担を嫌ったからだ。

財政資金の用意に手間取るなら、ECBが加盟国の国債を買い入れるという手段だってあった。五月六日にリスボンで開いたECB理事会後の記者会見では、トリシエ総裁に国債買い入れに関する質問が集中した。が、総裁は「そんなことは議論しなかった」の一点張り。スタンダードーアンドープアーズ(S&P)が「投機的」水準まで格下げしたギリシャ国債を担保に、ECBは資金を供給している。このうえ、国債の買い入れまで呑まされてはかなわない。そんな本音がほの見えた。そのないない尽くしが、トリシエ総裁の母国フランスのサルコジ大統領の逆鱗に触れた。

五月九日、日曜日。EU本部のあるブラッセルに集まったEUの財務相たちは、悲壮感に溢れていた。五月十日未明まで半日に及ぶマラソン会議で、EUはIMFの助けを得て総額七千五百億ユーロ、一ユーロ=一一〇円換算で八十二兆円強の「欧州金融安定基金」の創設を決めた。EUの仕組みを定めたリスボン条約一二二条二項に基づき、自然災害と同等の「制御できない例外的な事態」に備えたものである。この七千五百億ユーロは三本立てになっている。まず、EUが既存の国際収支援助計画を拡充し、EUの執行機関である欧州委員会が債券を発行する。財政危機に陥った国の要請に基づいて融資する。その金額は六百億ユーロ。これが第一段階である。

次の第二段階では、ユーロ圏十六カ国が期限三年の特別目的基金(SPV)を作る。ユーロ圏十六力国に保証してもらって、この基金が市場で資金を調達する。第一段階では資金が足りなくなった際の備えで、その金額は四千四百億ユーロだ。それと並行してIMFのお出ましを願う。IMFは全体の融資の三分の一に当たる二千五百億ユーロを負担する。その際はEU域外からの信用補完を受ける。もはや欧州が身内の面倒を身内で見られなくなった証拠である。その分、IMFの融資条件は厳しく、財政再建を厳格に監視する。ギリシヤ支援の七倍近い規模の「金融安定基金」に加え、五月十日にはECBがユーロ圏諸国の国債の買い入れを決めた。機能不全に陥った国債及び社債の流通市場への介入を発表したのだ。ギリシヤなどPIIGS諸国の国債に対する救済策と言ってよい。買い入れはしないという決定をわずか四日間で覆したのである。ECBの信認低下は避けられない。